【体験談】アスペルガー当事者が経験した小学時代(5年生~6年生)の様子とは?変化したクラスメイトの態度

ASDの日常

皆さんこんにちは。みなみ。です(*´ω`*)

私は30代で発達障害(ASD)と強迫性障害と診断されました。

この記事では、私の発達障害(ASD)体験をもとにメンタルについて投稿しています。

質問者
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発達障害とは知らずに普通級で小学校生活を送った方のリアルが知りたいです。

以上の方向けに記事を作成しました。

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いじめが本格化した高学年時代

今まで気にかけてくれた子が習い事で忙しくなってからは遊びに誘ってくれることもなくなり、孤立することが増えましたが、一人でいること自体は苦ではありませんでした。

高学年になったあたりから普通に話しているつもりなのに相手を不愉快にさせたり、怒らせてしまったり、KY(空気読めない)と言われることが多くなり、理由を聞いても教えてくれなかったので改善の仕様がなく、一方的な言い分に理不尽さを感じていました。

クラス内での居心地も悪くなり、なんとかみんなと同じ普通になろうと『空気を読むにはどうしたらいい?』と聞いたりしましたが誰も答えてくれず、話しかけても無視されるようになって避けられるようになりました。

悪口もきつい表現が増えてアスペ(アスペルガー症候群)やちてしょう(知的障害者)、まねっこどんどんやロボットみたいと心無い言葉を日常的に言われるようになり、口喧嘩になったりしましたが言い争いも得意ではなく、二言目や三言目には言葉につまって黙ってしまうことが多く、ただでさえ少ない口数が更に減ってしゃべることに恐怖心を懐くようになりました。

喧嘩の様子を見た先生が間に入ってくれたりしましたが自分に謝るよう促され、たとえその場を収める為であっても自分に非がないのに謝ることに納得できず、黙り込んでしまい先生や同級生を困らせたりしたこともありました。

すべてが壊れた先生の言葉

小学6年のとある授業中に急にお腹が痛くなり、からかわれると思って我慢していましたが限界が来ました。先生に何て言えばいいか分からなくて、席から動けずに冷や汗が流れます。そんな中、授業中にトイレに行った子がいた過去を思い出して、真似をしようとひらめきます。

先生のところに行き、絞り出すような微かな声で『先生、トイレ』と伝えると、『先生はトイレじゃありません』と教室中に聞こえる大きな声で言われて、クラスメイトに笑われました。

他の子はこれでうまくいったのに、自分だけ意地悪されるなんて思いもしませんでした。

自分の中の何かが音を立てて崩れ、このことでからかわれるようになり、『味方だと思っていた先生から裏切られた』という思いから、大人に対して不信感を頂くようになりました。

学校が嫌になり『学校に行きたくない』と伝えた結果

学校生活が嫌になり、勇気を振り絞って母親に学校に行きたくないと伝えましたが『わがままをいうんじゃない』と言われて、いじめを受けていることも伝えましたが『男なんだからやり返せ』と無茶なことを言われて、唯一信用出来る大人からのまさかの言葉に何も言えず、逃げ場がない現実に絶望しました。

病院に行ったらもしかしたら分かってくれる人、理解してくれる人がいるかもしれないという僅かな期待から、試しに精神科に行ってみたいと母親に伝えたりもしましたが『あなたは病気なんかじゃない』と怖い顔をされて、『もっと酷い人なんていっぱいいるから、あなたは病気のうちに入らない』『もし行ったら隔離病棟で手足を拘束されるけどいいの?』と言われて、怖くなってそれ以降は口にしなくなりました。

考えや意見がないことを許さないディベートの授業

異なる二つの意見を論じ合う、ディベートの授業も嫌いでした。

正解がない中で自分の考えや意見を言わなければならず、どうすれば場の雰囲気を壊さずに空気を読めるかを無理に考えてしまって、自分の中で正解にたどり着けずに何も話せなくなってしまうからです。

また意見が割れると最終的に多数決で決めようとする風潮があり、それが公平で正しいことのような雰囲気になりますが、少数派の意見を切り捨てるこの考え方に小さいながら理不尽さを感じていました。

縦割り班清掃の班長

掃除の時間があり、縦割り班清掃の班長としての時間も私にとって苦痛でした。

班長として下級生に指示を出して、時間内に掃除を終わらせるという行為が難しく感じたからです。

なんとか適応しようと高学年になる前から隙を見ては班長の動きを観察して真似できるよう、指示の仕方や時間の使い方を全て丸暗記しました。

始めての清掃場所になるとパニックになってうまく指示が出せずに時間内に終わることが出来なかったり、早く終わりすぎて低学年が遊びだしたりして苦労しましたが、やったことがある清掃場所は問題なく出来ました。

この時に身につけた『見本となる人を見つけて真似する』処世術は、大人になってからも大いに役に立ちました。

恐れていた先生の言葉『好きな人同士グループで』

『好きな人同士でグループに』って言葉が嫌いでした。

クラスで明らかに残り物な立場なのに自分から動くこともできず、かといって誰も声を掛けてくれず、ぼんやり(しているフリ)している間に余ってしまって、先生が『どこか入れてあげて!○○さんのグループは1人少ないわね?いい?』○○さん、あからさまにイヤそうにしぶしぶ頷く…な惨めな流れがほとんどだったからです。

挙手制によるグループ分けの時でも、事前に相談したんじゃないかのようなグループ分けになったりして、自分だけ仲間外れにされたような悲しい気持ちになりました。

福祉体験のグループ分けで女子のグループに一人だけポツンな時があり、それが精神的に一番きつかったです。

抑えられない衝動への戸惑いと葛藤

小学校高学年ころから、『一度気になることや衝動があると、それがバカらしいことだと分かっていても頭から離れず、自分では止めたいと思っていてもやめられない』強迫性のような症状がでて、床や壁、ものや体の一部を理由もなく触ってしまうなど、その衝動を抑えられなくなりました。

気になったことに対して、それがたとえくだらなくて、バカらしくて、些細なことでも『これはこうやったらどうなるんだろう?』という好奇心が強くなり、何度も頭の中でこだまして、それがだんだん強くなり、もう一人の自分から命令されて止められない感じです。何かに取り憑いたように、自分の意思でコントロールすることが出来ませんでした。

学校など近くに人がいる環境でも衝動を抑えることが出来なく、授業中にもやってはいけないこと、その場にそぐわないことをやる衝動を抑えられなくて、股をいじってみたり、無意味に下腹部に力を入れてみたり、顔をしかめたり首を振ったり目を閉じてみたり、消しゴムなどの文房具を口に入れたりしていました。

大人の現在では、人前では出来るだけやらないようなんとかコントロール出来るようになりましたが、人前でもコントロール出来なかった小学校高学年から中学の終わりまでが一番症状がひどくて辛かったです。

ここまで見ていただきありがとうございました(*´ω`*)

それでは、また(´∀`*)ノシ

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